東京都健康安全研究センター
水系感染が証明されたクリプトスポリジウムによる集団下痢症(第17巻、6号)

水系感染が証明されたクリプトスポリジウムによる集団下痢症(第17巻、6号)

 

1996年6月

 


 

 腸管出血性大腸菌による集団下痢症が社会問題として取り上げられた本年6月、埼玉県下でクリスポリジユム(Cryptosporidium parvum:以下Cr) による、患者数約1,000 名の集団下痢症が発生した。しかし、腸管出血性大腸菌の蔭に隠れたかのようにそれほど大きな問題として取り扱われなかった。この事例に関連して東京都でも患者が見られ、都立衛生研究所で検査を行った。本号では、この事例と本原虫感染症の概要を紹介する。

 1966年6月、埼玉県越生町で小中学生を中心に約1,000 名の下痢症が発生した。原因は当初学校給食が疑われ食中毒検査がなされたが、いずれの検査材料からも既知の食中毒菌は検出されなかった。しかし、患者41名について原虫検索を行った結果、26名(64%) からCrが検出された。 その感染源として同町の水道水が疑われ、浄水場の沈殿池や浄水池の水、及び同水道の原水として利用されている近くの河川の伏流水について検査が行われた結果、いずれからもCrが検出され感染源が特定された。ただちに、町営水道からの給水を停止して県営水道に切り替えることによりその後の患者発生は減少した。患者は小中学生だけでなく、高校生及び幼児や高齢者にも見られ中には入院した例もあり、正確な患者数は調査中であるが、町全体ではかなりの人数が感染していたと考えられている。

 一方、6月15〜24日の間に越生町にある研修所やゴルフ場を利用した、都内在住者あるは在勤者のなかにも下痢を訴えたものがあり、このうち44名の検便を行った結果、約32%、に当たる14名からCrが検出され、これらの患者も同町の飲料水が原因であったことが推察された。

 我が国における、1986 年以降のCr症は高知、 大阪、東京などで散発症例として14例が報告されていたが、水系感染による集団事例が初めて特定されたのは、 一昨年の1994年8月から9月にかけて神奈川県平塚市内で発生した患者数461 名の事例が記憶に新しい。この事例は、 原因施設であった飲食店が集中するビルの地下に設置されている飲料水受水槽と下排水タンクの設計ミスがあった上、たまたまこの下排水タンクから公共下水道に排出する汲み上げポンプの故障が重なり、その結果汚水が逆流し受水槽が汚染され集団発生につながったものと結論されている。

 クリプロスポリジウムはトキソプラズマやイソスポーラと近縁で、 胞子虫コクシジウム類アイメリア亜目に属する直径 5μm と最も小形類円形の消化管寄生原虫である。 1976 年にNime,F.A. らによって人体症例が初めて報告されるまでは、 ネズミや家畜の寄生原虫として知られていたにすぎない。 しかし、1982年米国の CDCが AIDS 患者で激しい下痢と腹痛を訴えるもの多数からCrを検出して以来注目されるようになった。本原虫に対する有効な薬剤や治療法は現在のところ確立されていないため、 AIDS患者など免疫力の低下した人へ感染した場合には年余にわたってCrが腸粘膜で増殖を繰り返し、 対症療法を行ってもやがて衰弱、死の転帰をとるケースが多い。 一般健常者が感染した場合でも、 激しい水溶性の下痢と腹痛を伴って発症すが、多くの症例では感染後1〜4週間で自然治癒する。しかし、乳幼児や高齢者では長期化、 重症化するケースもある。 感染経路はヒト→ヒト( 糞便の経口感染)、家畜→ヒト( 接触感染および飲料水、 食品汚染による経口感染)、水→ヒト(放牧場、 畜舎周囲、 汚水処理場の排水、有機肥料による農地など環境汚染) など様々な経路がある。

 Crは通常の浄水処理過程で使われる塩素消毒では死滅しない。その他、オゾンなどもほぼ無効である。また、加熱や乾燥には弱いが、通常使用される消毒薬にも抵抗する。したがって、一旦水道水の原水や、プ−ル水、キャンプ場の水が汚染されると完全に除去することは困難である。如何に水を汚染させないようにするか、また、汚染水からの完全な除去法の確立など予防対策が急がれる。

微生物部 細菌第二研究科 村田以和夫


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