東京都健康安全研究センター
都内流通サケ・マス類からのアニサキスⅠ型(Anisakis simplex)第3期幼虫の検出状況

都内流通サケ・マス類からのアニサキスⅠ型( Anisakis simplex )第3期幼虫の検出状況(第24巻、3号)

 

2003年3月

 


 

 アニサキス症はアニサキス亜科幼線虫が消化器系の粘膜から侵入した際に,胃腸炎などの症状を引き起こす幼虫移行症で,これまでに学会等で報告された症例の累計は3万人以上(石倉ら:1996 1))とされている.現在,日本においてヒトにアニサキス症を引き起こすものとして, Anisakis simplex , Anisakis physeteris 及び Pseudoterranova decipiens の3種が知られている.アニサキス症の多くは体長20〜35mmほどの Anisakis simplex の第3期幼虫(図1),すなわちアニサキスⅠ型幼虫(以下,アニサキスとする)が原因で,全症例の87.5 %を占めている1).アニサキスの感染原因は九州などの西日本及び関東周辺ではサバ,イワシ及びアジなどの生食が多く,一方,北海道の場合ではタラ,ホッケ及びサケの生食よるものが多いと報告2,3,4)され,原因食に地域差が認められていた.近年,鮮魚,活魚などの低温・広域流通の発達と養殖技術の発展によりサケ・マス類の流通量と取引額は増加傾向にあり,都内においてもそれらの生食が原因とされるアニサキス症が発生している.そこで,1996〜2001年の5年間に都内に流通している輸入及び国産サケ・マス類を対象に調査したアニサキスの検出状況について紹介する.

 表1に輸入サケ・マス類のアニサキス寄生状況を示したように,アメリカ産,特にアラスカで水揚げされたシロザケとベニザケのアニサキス寄生率はそれぞれ100%及び90%で1尾当たりの平均寄生数もそれぞれ11,17個体で他産地と比較して多いことが明らかとなった.また,今回調査した輸入天然サケ・マス類42例中26例(62%)が「冷凍もの」で,「冷蔵もの」と「冷凍もの」でのアニサキス寄生率は,それぞれ75%,46%と「冷蔵もの」の方が約30%高率であったが,「冷凍もの」から摘出したアニサキスはすべて死滅していた.一方,輸入養殖サケ・マス類27例では魚種や産地にかかわらずアニサキスの寄生は全く認められなかった.したがって,輸入サケ・マス類を生食用として用いる場合,アニサキス感染予防のためには「養殖もの」あるいは,「冷凍もの」を使用することが望ましいと考えられた.

 次に,国産天然サケ・マス類における魚種別のアニサキス寄生状況の調査結果を表2に示した.一般にサケと呼ばれているシロザケでは市場に流通する時季に関係なくアニサキスが92%と高率に寄生していた.一方,サクラマスのアニサキス寄生率は74%でシロザケと比較して大きな差は認められなかったが,1尾当たりのアニサキス寄生数はシロザケ(平均17個体)と比較して平均3個体と少ない傾向が認められた.また,カラフトマスでは,アニサキス寄生率が35%,1尾当たりの寄生数が1個体と低い値であった.したがって,国産サケ・マス類の生食によるアニサキス症の危険性はシロザケの方がカラフトマスやサクラマスよりも高いことが推察された.また,輸入サケ・マス類は全て内蔵が取り除かれたものであったため内蔵及び筋肉部位の寄生率の差は求められなかったが,国産天然サケ・マス類の内臓を含めた検査成績から,アニサキスは内臓表面より,生食にも用いられる筋肉部のうち最も脂がのっている腹部筋肉に高率(80〜90%)に寄生していることが明らかになった.

 これまでイカをのぞき,アニサキスは多くの魚の内臓に寄生していることが多く,そのため魚の鮮度がよいうちに内臓を取り除けば,感染機会は減少すると考えられていたが,サケ・マス類ではアニサキスの多くが筋肉中に認められることから,特に天然シロザケの生食は十分な注意が必要と思われた.

1)石倉肇,高橋秀史,八木欣平,他: Clinical Parasitology , 9, 41-46, 1998.

2)花牟禮康生,花牟禮文太郎,山下行博,他: Clinical Parasitology , 6, 182-185, 1995.

3)飯野治彦,下河辺正行,城降一郎,他: Clinical Parasitology , 8, 107-109, 1997.

4)荒木潤,唐沢洋一,若尾弘美,他: Clinical Parasitology , 8, 103-106, 1997.

  

表1  輸入サケ・マス類の魚種別・原産国別アニサキスⅠ型幼虫寄生状況(1996-1997)

 

魚 種 名 原 産 国 検体数 陽性数 (陽性率) 平均寄生数/尾 最大寄生数/尾
シロザケ(天然) アメリカ(アラスカ)   3(尾) 3 (100%) 11(個体) 30(個体)
マスノスケ(天然) アメリカ(カリフォルニア) 7 5 ( 71%) 9 48
アメリカ(アラスカ) 3 2 ( 67%) 7 20
アメリカ(詳細不明) 3 2 ( 67%) 2 3
カナダ 5 1 ( 20%) 1 3
ギンザケ(天然) アメリカ(詳細不明) 2 1 ( 50%) 1 1
カナダ 2 0 ( 0%) 0 0
ベニザケ(天然) アメリカ(アラスカ) 10 9 ( 90%) 17 40
カナダ 7 1 ( 14%) 1 1
マスノスケ(養殖) アメリカ(カリフォルニア) 1 0 ( 0%) 0 0
カナダ 3 0 ( 0%) 0 0
ノルウェー 4 0 ( 0%) 0 0
ニュージーランド 2 0 ( 0%) 0 0
ギンザケ(養殖) チリ 9 0 ( 0%) 0 0
タイセイヨウサケ(養殖) ノルウェー 8 0 ( 0%) 0 0

 

表2 国産天然サケ・マス類の魚種別アニサキスⅠ型幼虫の寄生状況(1999-2001)

 

魚 種 名 検体数 陽性数 (陽性率) 平均寄生数/尾 最大寄生数/尾
シロザケ(トキシラズ   23(尾) 19 ( 83% ) 11(個体) 33(個体)
シロザケ(秋ザケ) 27 27 (100%) 22 161
サクラマス 34 24 ( 71%) 2 18
カラフトマス 34 12 ( 35%) 1 11

*:トキシラズとは主に沿海州に母川をもつシロザケで,5〜7月頃に三陸や北海道太平洋側で漁獲されたもの.

図1 サバより採取したアニサキスⅠ型幼虫

 

微生物部 病原細菌研究科 鈴木 淳

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