東京都健康安全研究センター
重症急性呼吸器症候群(SARS)について

重症急性呼吸器症候群(SARS)について(第24巻、4号)

 

2003年4月

 


 

 2003年2月末にベトナム・ハノイの病院において、医療スタッフを中心とした原因不明の急性肺炎の流行がみられた。この集団発生の発端となったのは、アメリカ人男性の発病であった。男性は、上海と香港に滞在後、ハノイに到着した直後に筋肉痛と軽い咽頭痛の症状で2月26日入院したが、その後重い呼吸器障害に陥り3月6日に香港に搬送され、同月12日に死亡した。3月上旬にハノイの医療関係者約30人が同様の症状を示した。また、同時期には、 香港の多数の医療関係者にも同様の症状がみられた。

 世界保健機関(WHO)は3月12日、この事態を世界に発信し、15日のプレス・リリースで原因不明のこの疾病を、重症急性呼吸器症候群 (Severe Acute Respiratory Syndrome, SARS)とし、本疾患が感染者の飛行機による移動で急激に拡大していることから、「SARSは世界的な脅威である」と警告した。その後、中国・広東省では昨年の11月頃から少なくとも300人が原因不明の肺炎に感染し、すでに5.名が死亡していることが判明した。広東省以外での最初の患者とみられているのは広東省で肺炎の治療に当たっていた大学病院の教授で、この教授が泊まった香港のホテルの宿泊客を通じ、カナダ、ベトナム、シンガポールに感染が拡大したことが確認された(前述の中国系アメリカ人も同時期にこの教授と同じホテルの同じ階に宿泊していたことが判明した)。その後の調査でWHOはSARSが2002年11月に広東省で発生したとの結論を出した。

 SARSの原因については、最初パラミクソウイルスやクラミジアが原因との報告もあったが、日本を含む9か国の11機関が参加しているWHOの多施設共同研究ネットワークによる調査で、新型のコロナウイルスがSARSの原因であることが確認された。WHOは4月16日にSARSの原因はこの新種のコロナウイルスであると断定し、「SARSコロナウイルス」と命名した。このウイルスは今まで発見されているコロナウイルス3グループのどれにも属さないまったく新しいウイルスであった。(図1)

 コロナウイルスは、電子顕微鏡で観察した際に、ウイルスの表面に冠(コロナ)のような突起が観察される一群のウイルスの総称で、一般にヒトに風邪を起こすウイルスとして知られているが、動物では、上気道炎、胃腸炎、腹膜炎、脳炎など様々な病気を引き起こす。(表1)

 また、このウイルスは変異を起こし易いことが知られているが、SARSコロナウイルスの由来(ヒトのコロナウイルスが変異したのか、動物のコロナウイルスが変異してヒトに病原性を持つようになったのか)については未だ明らかにされていない。

 SARSの感染経路は主に飛沫感染によるものと考えられている。しかし、香港の高層団地で起こった集団感染などから、その他の感染経路の可能性も指摘されており、下水等を介する感染、物や手指を介する接触感染、あるいは空気感染なども疑われている。実際、SARSコロナウイルスは患者の気道分泌物以外に、糞便、尿からも長期間排出されることが確認されている。既知のコロナウイルスの場合、外界での生存時間はおおむね3時間とされているが、WHOの発表によれば、SARSコロナウイルスは乾燥したプラスチックの表面で72時間生存できる。また糞便や尿中でも48時間生存が可能であり、さらに下痢患者の便はpHが高いため生存期間は4日間とかなり長い。このことは患者の下痢便で汚染された物質表面でウイルスが長期間生存する可能性を示唆している。しかし、糞便からの感染の可能性、感染に必要なウイルス量などについては現在も調査中である。

 日本では、現時点でSARS患者の発生は確認されていないが、5月19日現在の累計で、疑い例48例、可能性例16件の届け出があった(当所では疑い例17件、可能性例5件の検査を行った)。

 SARSの症状は38℃以上の発熱、咳、呼吸困難などで、胸部レントゲン写真で肺炎(スリガラスのような影)または呼吸窮迫症候群の所見が見られる。また、頭痛、悪寒戦慄、食欲不振、全身倦怠感、下痢、意識混濁などの症状が見られることもあるが、同様の呼吸器症状を示す感染症は他にもあるので、SARSの診断には、病原体検出や血清検査などの実験室的診断を必要とする。しかし、SARSコロナウイルスの検査も現状では完全とは言えないことから、基本的には他疾患であることを確認する、いわゆる除外診断が主に行われている。

 当所では搬入された検体について、コロナウイルスの遺伝子検索に加え、一般的な呼吸器疾患の原因ウイルスであるインフルエンザ、アデノ、パラインフルエンザ、RS、メタニューモ、に加え、マイコプラズマ・ニューモニエ、クラミジア・ニューモニエのPCR法による遺伝子検索も行っている。遺伝子検索で陽性となった検体については、さらに培養検査、検出遺伝子の塩基配列の決定、電子顕微鏡による抗原検索などを行う体制を整備している。また、血液検体についてはクラミジアの抗体検査、咽頭拭い液の蛍光抗体法によるクラミジアの抗原検索についても併せて行っている。

 なお、地方衛生研究所ではSARS抗原が入手できないため、特異的抗体検査は国立感染症研究所のみ行うことができる。これらの検査のうち、検体からの遺伝子抽出処理についてはバイオセーフティーレベル3(BSL3)の実験室内で行い、実験者の感染防止及び、外部流出に留意している。

 SARSコロナウイルスの消毒には次亜塩素酸ナトリウム、消毒用アルコール、ポピドンヨード等通常の消毒薬が使用できる。また、家庭や職場でSARSの「疑い例」あるいは「可能性例」が確認された場合の家具や器具類の消毒には50〜100倍に希釈した家庭用漂白剤の使用が有効である。

 

表1 コロナウイルスの宿主と病原性

抗原
グループ
ウイルス 宿主 呼吸器
感染症
腸管
感染症
肝 炎 神経系
感染症
その他*
ヒト呼吸器コロナウイルス(229E) HCV-229E ヒト        
ブタ伝染性胃腸炎ウイルス TGEV ブタ    
イヌコロナウイルス CCV イヌ        
ネコ腸コロナウイルス FECV ネコ        
ネコ伝染性腹膜炎ウイルス FIPV ネコ
ウサギコロナウイルス RbCV ウサギ        
ヒト呼吸器コロナウイルス(OC43) HCV-OC43 ヒト      
マウス肝炎ウイルス MHV マウス  
唾液腺涙腺炎ウイルス SDAV ラット        
ブタ血球凝集性脳脊髄炎ウイルス HEV ブタ    
ウシコロナウイルス BCV ウシ        
ウサギ腸管ウイルス RbEVC ウサギ        
七面鳥コロナウイルス TCV 七面鳥      
トリ伝染性気管支炎ウイルス IBV トリ    

* 伝染性腹膜炎、免疫障害、腎炎、膵炎、耳下腺炎、リンパ節炎を含む

 


図1 コロナウイルスの系統樹
N Engl J Med 2003;348:1953-1966

 

微生物部 ウイルス研究科 長谷川 道弥

 


 

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