東京都健康安全研究センター
東京都における腸管出血性大腸菌による感染症・食中毒の発生状況と感染源追求

東京都における腸管出血性大腸菌による感染症・食中毒の発生状況と感染源追求(第26巻、4号)

 

2005年4月

 


 腸管出血性大腸菌(EHEC)による感染症は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」において3類感染症として位置づけられており,患者および無症状病原体保有者を診断した医師には届け出が義務付けられている。また,食品が原因と疑われる場合は「食品衛生法」に基づき,原因解明のために喫食調査等の疫学調査や分離菌株の解析が行われる。すなわち腸管出血性大腸菌感染症は感染症と食中毒の両面から疫学調査等がなされることが多い。

 腸管出血性大腸菌感染症の届け出数(感染症発生動向調査結果)は全国で平成14年3,185例,平成15年 2,986例,平成16年 3,643例であり,ここ数年は横ばい状態である。一方,東京都内での届け出数は平成14年 186例,平成15年 182例,平成16年 273例であり,昨年は前年と比較し増加していた。

 東京都では平成11年から腸管出血性大腸菌およびサルモネラを原因とする散在的集団発生(Diffuse outbreak)等の探知および原因等を解明し,感染拡大を防止することを目的として保菌者検索事業を実施している。本事業は,(1)無症状病原体保有者調査および(2)散発患者発生動向調査から成り立っている。すなわち①保菌者検索,②散発患者の行動調査,③分離菌株の疫学的性状解析等の総合解析から原因食品等の感染源を明らかにすることを目的としている。当センターでは,上記事業に基づき,病院および検査センター等で分離され,保健所を通じて搬入された菌株について,薬剤感受性試験やパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法等の疫学マーカーを用いた解析を行ない,その成績を食品監視課および保健所へ還元している。

 平成16年に当センターに搬入されたヒト由来のEHECは237株で,その内訳は表に示したとおりである。血清型別にみるとO157が206株(86.9%),O26が22株(9.3%),O111およびO121が2株,O103およびO165が各1株,血清型別不能が3株であった。平成11年にはEHECのうち95%が血清型O157であったが,年々その割合は減少し,最近は多種類の血清型が検出される傾向にある。平成16年に搬入された菌株の中には,搬入時は血清型O1や血清型不明とされていたが,当センターで精査した結果,それぞれ血清型O165あるいはO121であることが判明した菌株等が存在した。現在,これらの稀な血清型を決めるための診断用血清は市販されていないため,同定できる施設は限定されている。

 また,腸管出血性大腸菌検出者の喫食調査および疫学マーカー解析によって食品媒介であることが示唆され,行政的に食中毒と決定された事例は平成16年には4事例あった。その一部について事件の概要を紹介する。

 事例1:平成16年9月に都内T区内で届け出のあった患者A(O157,VT1+VT2産生)について喫食調査を行った結果,発症の7日前に焼肉店Jで焼肉,ユッケ,ビビンバ等を喫食していることが判明した。また,同時期に多摩地域から届け出された患者B(O157,VT1+VT2産生)も調査の結果,同店で焼肉,ユッケ,ビビンバ等を喫食していることが確認された。感染源調査のためその焼肉店の食品,拭き取り等の検査を行ったところ,従業員の検便から同血清型菌が分離されため,これら分離菌株の疫学マーカー解析成績を比較した。その結果,全ての菌株の薬剤感受性およびPFGEパターンが一致したことから,患者A,Bは焼肉店Jで喫食した食品を原因とする食中毒であると断定され,同店には営業停止処分が行われた。この事例は当初,全く異なる地域でそれぞれ散発事例として報告されたが,詳細な調査によって同一施設を原因とした食中毒であることが判明した事例である。

 事例2:平成16年10月,O157(VT2産生)が検出された患者1名の届け出があった。患者の家族(S宅)について検便を行った結果,非発症の2名からも同血清型菌が検出された。喫食調査から共通食として発症の6日前に家族で焼肉をしていたことが確認されたため,家庭に残されていた牛肉(同一ロット品)を検査したところ同血清型菌が検出された。分離された菌株について疫学マーカー解析を実施した結果,薬剤感受性試験およびPFGEパターンが一致(図)したため,本事例は家庭で調理した焼肉を原因とする食中毒事例と断定された。この牛肉中のO157菌数は23個/gであり,原因食品中の原因菌量が判明した貴重な例であった。原因となった牛肉は,知人から入手したものであったが,表示等がなかったため,それ以上遡り調査をすることはできなかった。

 上述のとおり,EHEC感染症・食中毒の発生は一向に減少の兆しが見えない。これらの感染症・食中毒を減らすためには,感染源や感染経路を特定し発生防止に反映させていく必要がある。そのためには,食品衛生担当,感染症対策担当,そして医療機関や健康安全研究センターの連携が非常に重要である。

 

表. 当センターに搬入されたヒト由来腸管出血性大腸菌の血清型と毒素型

 

血清型 毒素型 合計
VT1 VT2 VT1+VT2
O157 3 79 124 206 (86.9%)
O26 19   3 22 (9.3%)
O111 1   1 2 (0.8%)
O121   2   2 (0.8%)
O103 1     1 (0.4%)
O165   1   1 (0.4%)
血清型別不能   2 1 3 (1.2%)
24 84 129 237(100%)

 

図.事例2で検出された腸管出血性大腸菌O157のPFGEパターン

 

微生物部 食品微生物研究科 小西典子

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