東京都健康安全研究センター
我が国における赤痢アメーバ症の現状

 

我が国における赤痢アメーバ症の現状(第28巻、10号)

2007年10月

 


 赤痢アメーバ症は、腸管寄生性の赤痢アメーバ( Entamoeba histolytica )を病原体とする原虫性疾患である。赤痢アメーバはその生活史上、栄養型と嚢子(シスト)の2形態に分類され、ヒトへの感染は糞便中の成熟シストが経口摂取され回盲部辺りを中心に、大腸管腔で増殖・定着することにより成立する。赤痢アメーバ感染者の多くは無症候の持続性感染者であるが、感染者の5-10%で大腸粘膜上皮が破壊され、赤痢アメーバが組織内に侵入し、腸粘膜の糜爛や潰瘍形成と赤痢様症状(粘血便性下痢)をみる腸アメーバ症と、栄養型が門脈を経て主に肝臓で膿瘍を形成する腸外アメーバ症を発症する。

I.感染者数の増加とその背景

 赤痢アメーバ症は主に熱帯の開発途上国を中心に分布するが、世界では年間4,000-5,000万人のアメーバ症患者が存在し、死亡者数は年間7-10万人と推定されている。

 我が国における赤痢アメーバ症は、1970年代までは海外流行地での赤痢アメーバに汚染された飲食物に起因する食品媒介寄生虫症として考えられていた。ところが、1970年代後半より米国において都市部の男性に赤痢アメーバ感染者が多く認められるという報告がなされるようになり、男性同性間性的接触(MSM)による性感染症として認識されるようになった。我が国でも1980年代より、大阪や東京の都市部で男性を中心に赤痢アメーバ感染者の増加がみられ始めた。当時、赤痢アメーバ症は、細菌性赤痢に準じ消化器感染症と認識されていたため、都内で赤痢アメーバ症患者の届出があった場合、疫学調査の対象が性的パートナーにまで及ぶことはなく、患者と食事などを共にした関係者を中心に糞便検査が行われていた。その結果、1990年以降、当センターにおいて検査対象となった患者家族や職場の同僚などからは、1例も赤痢アメーバが検出されていない。

II.近年の発生動向

 1999年に施行された感染症法では、赤痢アメーバ症は全数報告疾患の四類感染症(現在は五類感染症)に指定され、診断基準も見直された。その後、我が国における赤痢アメーバ症の年間報告数は、顕著な増加を示し、2006年には738例に達し(図1)、全数把握の五類感染症14疾患の中で、後天性免疫不全症候群についで2番目に多い報告数となっている。

 赤痢アメーバ感染のハイリスクグループのひとつに、前述のようにMSMグループがあり、感染者に占めるその割合が大きいため、報告数の約90%が男性という顕著な疫学的特徴を示している。しかしながら、近年では、感染症法に基づく女性の赤痢アメーバ症報告数だけでなく、当センターの疫学調査の結果(表1)からも女性の赤痢アメーバ感染者が増加傾向にあると考えられ、異性間性的接触による広範な感染拡大が危惧されている。

 また、感染源は不明な場合が多いが知的障害者施設や老人施設の利用者における施設内集団感染例も散発的に報告され、我が国の赤痢アメーバ症は、性感染と海外流行地での感染(輸入感染症)に加え施設内感染という3つの感染パターンに大別できる。

III.検出方法とセンターでの検査体制

 これまでの検査室等における赤痢アメーバの検査は、糞便や潰瘍病変組織、膿瘍ドレナージ液などの生検材料から直接赤痢アメーバのシストや栄養型を検出する顕微鏡検査と、赤痢アメーバ特異抗体検出のための血清学的検査が一般的であった。しかしながら、粘血便、潰瘍組織、肝膿瘍膿汁などから赤血球を貪食する赤痢アメーバ栄養型が検出されるような場合を除き、病原性の赤痢アメーバと形態的に酷似している非病原性のアメーバ( Entamoeba dispar )との顕微鏡検査による種の鑑別は極めて困難である。そのため、赤痢アメーバと E. dispar を鑑別同定するために、現在では図2に示したPCR法による遺伝子検査や市販キットを用いた赤痢アメーバ抗原検出等による確定検査が一部の研究機関等で行われている。

 また、血清学的検査は、感染初期や無症状感染者では陰性、赤痢アメーバ治癒後1年程度(投薬による治療の場合、治療後2,3ヶ月では治療前より抗体価が上昇する場合もある)では陽性になる場合があり、必ずしも現在の感染状態を反映していないという問題点があるが、検査結果の再現性および感度が高いため、特に組織に侵入した赤痢アメーバ症では、顕微鏡検査や遺伝子検査等の病原体検出検査よりも有用性が高いことが多い。

 当センターでは、各検査法の問題点を補うため顕微鏡検査と合わせて、赤痢アメーバ抗原検出検査、複数の赤痢アメーバ特異遺伝子の検出検査および赤痢アメーバ抗体検査など、検体の性状に対応した複数の検査を実施し、高い精度をもつ検査態勢をとっている。

 

わが国における赤痢アメーバ症届出数の年次推移

図1.わが国における赤痢アメーバ症届出数の年次推移

表1. 定点医療機関受診者(女性)の赤痢アメーバ抗体保有率
定点医療機関受診者(女性)の赤痢アメーバ抗体保有率

わが国における赤痢アメーバ症届出数の年次推移

図2.赤痢アメーバと Entamoeba dispar のDNA特異的塩基配列部分の検出

①〜③: SSUrRNAを標的としたMultiplex-PCR*
     (*:赤痢アメーバと E. dispar を同時に検出可能なPCR法)
④,⑤: 30-kDシステインリッチタンパク質遺伝子を
     標的にしたPCR (赤痢アメーバ特異的なPCR法)
⑥,⑦:30-kDシステインリッチタンパク質遺伝子を
     標的にしたPCR ( E. dispar 特異的なPCR法)

①:赤痢アメーバ患者検体,②:赤痢アメーバ陽性コントロール,
③: E. dispar コントロール,④:赤痢アメーバ患者検体,
⑤:赤痢アメーバ陽性コントロール,⑥:赤痢アメーバ患者検体
⑦:E. dispar 陽性コントロール

 

微生物部 病原細菌研究科 鈴木 淳

 


 

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