東京都健康安全研究センター
東京都における百日咳発生状況

 

東京都における百日咳発生状況(第29巻、12号)

2008年12月


 

 百日咳の小児科定点医療機関からの報告数は、1980年代には全国で20,000件を超えていた。しかし、1990年代にはワクチン接種の普及に伴い減少し続け、未接種小児を除いてほとんど発症がなかった。最近になって百日咳の流行が全国各地にみられ、そのおよそ半数は成人の発症と言われている。東京都における感染症発生動向調査では、年間の発生届出件数は2000年から2006年までは0件から47件であった。しかし、2007年の30週付近から増加し始め、年間151件にまで達した。2008年も引き続き増加して276件となり(図1)、2007年以降における患者の40〜50%は成人であった。東京都福祉保健局では注意喚起のために2008年5月22日に百日咳の流行についてプレス発表を行っている。

図1 東京都における年次別百日咳定点報告数 
図1 東京都における年次別百日咳定点報告数
*2008年18週以降は定点数が142ヶ所から150ヶ所に増加した。

 百日咳の確定診断は、臨床症状に加えて百日咳菌の検出または血清診断が必要であるが、菌の分離は選択培地を用いる必要があり、発育に4〜5日間の培養時間を要する。さらに、発病後3週以降になると菌の分離が困難とされており、医療機関では主に抗体検査による診断が行われている。しかしながら、血清診断は、ワクチン接種者はペア血清による診断が必要であり、流行株による診断が必要となる。成人では症状が出てから4週間後の回復期における咳で受診した場合、判定が困難といわれているため、最近では遺伝子検査による百日咳菌の検出が行われるようになった。

 当センターでは感染症発生動向調査事業として、都内の医療機関を受診した百日咳疑い患者検体について病原体検査を行っている。また、2008年6月に都内の大学で百日咳の流行が疑われる事例があり、病原体検出を行った。2005年8月から2008年7月までに東京都内の医療機関及び大学で百日咳疑いとされた患者の鼻腔拭い液等233件について検査を実施した。百日咳菌の検出は、遺伝子診断としてNested-PCR法、リアルタイム-PCR法、LAMP法を併用して実施し、菌の分離には、ボルデテラCFDN培地およびボルデー・ジャング培地を用いた。分離された菌株については薬剤感受性試験およびパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)による遺伝子解析、 ptxS1 、 prn および fim3 の3種類の遺伝子を用いたMLST型別を実施した。233件のうち、百日咳菌が分離されたのは10件のみであり、遺伝子のみ検出されたのは14件であった。

 分離された10株の薬剤感受性試験では、治療薬として用いられるマクロライド系のエリスロマイシン、アジスロマイシン、クリンダマイシンに対する耐性株は認められなかった。
 遺伝子解析では、制限酵素 Xba ⅠによるPFGE解析では3種類の型(A、B、C)に分類され、さらにAは3つのサブタイプ、Cは2つのサブタイプに分類された。MLST型別の結果は、3種類の型(1、2、4型)に分類され、PFGE解析の3種類の型と一致した。その結果、MLST-1型(PFGE型:A)が7株、MLST-2型(PFGE型:B)が1株、MLST-4型(PFGE型:C)が2株であった。MLST-1型の7株は、PFGE型:AのサブタイプであるA-1が4株、A-2が2株、A-3が1株の3パターンに分類された(表1、図2)。

 同じ大学内の患者から検出された2株の遺伝子解析結果は、MLST-1型でPFGE解析ではいずれもA-2であった。また、同大学の患者から遺伝子のみ検出された1検体についてMLST型別を実施したところ、2型と判明した。このことから、同一大学内で複数の百日咳菌の流行があったと考えられた。

 海外では、マクロライド系薬剤の耐性株も検出されており、薬剤耐性の確認や流行菌型の解析を行ううえでも、菌の分離は不可欠である。百日咳の確定診断のためには遺伝子検出による迅速な診断を行い、培養による菌の分離を確実に行っていくことが必要である。

表1 東京都における百日咳菌分離菌株の状況

No. 分離年月 施設 性別 年齢 MLST型別 PFGE型
1 2005年8月 病院・小児科 0 1 A-3 
2 2007年9月 病院・小児科 0 2 B
3 2008年5月 病院・小児科 7 1 A-1
4 2008年6月 病院・小児科 0 1 A-1
5 2008年7月 病院・小児科 7 1 A-1
6 2008年7月 病院・小児科 0 4 C-1 
7 2008年7月 病院・小児科 8 1 A-1
8 2008年5月 大学 19 1 A-2
9 2008年6月 大学 22 1 A-2
10 2008年7月 病院・小児科 3 4 C-2
 
図2 百日咳菌( Bordetella pertussis )の xba I 切断による系統樹 

微生物部 病原細菌研究科  奥野 ルミ

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