東京都健康安全研究センター
ヒラメ,馬肉の生食による下痢症に係わる寄生虫(第33巻、1号)

 ヒラメや馬肉の生食後,短時間で下痢や嘔吐の症状を呈する原因不明の食中毒の発生が首都圏をはじめ全国的に散発的に発生し,厚生労働省を中心に平成20年より不明下痢症の原因究明が行われてきた.その結果,食中毒事例の原因食品のヒラメおよび馬肉からそれぞれ高率にKudoa septempunctataおよびSarcocystis fayeriが検出されることが明らかとなった.また,平成23年6月には,これらの寄生虫が原因と考えられる有症事例は,食中毒事例として取り扱う旨の通知が出された.

本稿では,ヒラメおよび馬肉に寄生するK. septempunctataおよびS. fayeriについて食品衛生上重要と考えられることを中心に概説する.

1.ヒラメの生食に起因する食中毒
 (1)病原体
 クドア属粘液胞子虫(クドア)は,ミクソゾア門,粘液胞子虫網,多殻目に属する寄生虫で,これまで世界中で約80種類,国内で16種類が報告されている.ヒラメの生食による食中毒の原因とされるKudoa septempunctataは,大きさが約12 μmの胞子(図1, 2)を形成し,胞子内部に極糸がコイル状に巻かれた6-7個の極嚢細胞を有し,ヒラメの筋肉中に寄生している.クドアの生活環は未だ明らかになっていないが,Myxobolus属の粘液胞子虫類では,魚類と環形動物(主に貧毛類,まれに多毛類)を交互に宿主とする生活環を形成することから,クドアでも同様の生活環を形成すると推測されている.そのため,ヒラメ間でのK. septempunctataの水平感染は起こらないと考えられている.

 (2)感染経路と症状
 ヒラメの筋肉部に偽シスト(図3)を形成したK. septempunctataが多数寄生したものを刺身または加熱不十分な調理物として摂食することによって一過性のおう吐・下痢を引き起こすが,予後は良好である.下痢発症のメカニズムとしてK. septempunctata胞子中の原形質が腸管上皮細胞内に侵入,細胞の損傷が起こることによるという報告があるが,現在までのところ十分な解明には至っていない.これまでの疫学調査からヒラメ1グラムあたり105-106個体以上の胞子を摂取した場合に症状を呈する事例が多い.また,ヒラメを喫食する機会が,鮮魚を取り扱う飲食店やホテルなどで多いことから,これらの場所を原因施設とした集団発生事例が報告されている.

 (3)検査法と失活条件
 一般的なヒラメ筋肉中のK. septempunctataの検査法は,顕微鏡検査および遺伝子検査により行われる.食中毒に係わるヒラメの検査材料は,食中毒事例のヒラメの「残品」や「同一品」,事例のヒラメとは仕入れ日や産地などが異なる「参考品」の3つに分類されるが,これまでの当センターの検査では,「残品」や「同一品」からのK. septempunctataの検出率が85%から100%と高率であったのに対して,「参考品」では検出率が10%であった.また,多数の寄生が認められるヒラメでは,筋肉部であれば部位による寄生の偏りはあまり認められていない.他の病原体を原因とする下痢症の検査は,発症者の便の検査が重要であるが,K. septempunctataはヒトの体内で増殖せず,一過性に糞便中に排出されるだけと考えられることから,検便による検出感度は低い.一方,おう吐物では,遺伝子検査だけでなく顕微鏡検査でもK. septempunctataが検出される場合がある.
K. septempunctataは,-80℃2時間以上,-20℃4時間以上の冷凍状態で失活し,75℃5分間の加熱処理によっても失活すると報告されている.ヒラメの冷凍処理は食中毒の防止につながるが,ヒラメの商品価値を著しく低下させることから,現在,冷凍に代わるクドアの失活方法が検討されている.

2.馬肉の生食に起因する食中毒
 (1)病原体
 住肉胞子虫(ザルコシスティス)は胞子虫網の住肉胞子虫科に属する原生動物で多数の種が存在する.Sarcocystis fayeriは,イヌを終宿主とし,ウマを中間宿主とする原虫でヒトには寄生しないが,この原虫が寄生した馬肉(図4)の生食により,一過性の下痢やおう吐を引き起こす.S. fayeriのシスト(図5)は,大きさが990 μm以上,幅136 μm以上で,シスト壁は1-3 μmである.また,シストは,大きさが12-16 μmのブラディゾイトを多数(104-106/cyst)内包する(図6).イヌを終宿主とし,ウマを中間宿主とする住肉胞子虫は,S. fayeriの他にS. bertramiとS. equicanisが知られ,それらのヒトへの病原性は不明であるが,同定は遺伝子解析により可能である.

 (2)感染経路と症状
 S. fayeriは外国産馬肉で寄生頻度が高いが,国内産馬肉にも寄生が認められ,また,S. fayeriのシストは肩ロースや天丸など喫食部位に多く寄生する.S. fayeriが多数寄生した馬肉を生食した場合,早ければ1時間,平均4-8時間の潜伏期を経て,下痢,嘔気,おう吐,腹痛を呈し,時に脱力,倦怠感,関節痛なども示すが,症状は一過性で予後は良い.S. fayeri の下痢原性は,それが産生する15 kDaの毒性タンパク質の関与が確認されている.また,厚生労働省による平成21年度の通販流通馬肉・有症事例の馬肉の調査では,シスト数が45-420個/cm2の範囲で寄生し,発症に必要な推定ブラディゾイト数は2.6×107個体以上と推定されている.

 (3)検査法と失活条件
 馬肉の検査は,顕微鏡検査により筋肉中のザルコシスティスのシストを検出し,検出したザルコシスティスの18S rDNAの塩基配列を解析することが最も確実である.ヒラメのK. septempunctataの場合,多数寄生の場合には筋肉部位における寄生数に著しい偏りは認められないが,馬肉のS. fayeriでは,馬肉の部位により寄生数に大きな差が認められることから,検査材料は患者が喫食した筋肉部位と同一であることが望ましい.ヒラメの場合と同様に,S. fayeriはヒトの体内で増殖せず,一過性に糞便中に排出されるだけと考えられることから,検便による検出感度は低いと考えられる.また,S. fayeriは,-20℃48時間以上の冷凍により失活することから,冷凍流通・冷凍保存を徹底させることが食中毒防止に最も重要である.

 

図1. Kudoa septempunctataの胞子(ギムザ染色標本)

図1. Kudoa septempunctataの胞子(ギムザ染色標本)

 

図2. 偽シストから遊出したKudoa septempunctataの胞子

図2. 偽シストから遊出したKudoa septempunctataの胞子

 

図3 ヒラメ筋肉中のKudoa septempunctataの偽シスト

図3. ヒラメ筋肉中のKudoa septempunctataの偽シスト

 

図4. 馬肉中のSarcocystis fayeriのシスト

図4. 馬肉中のSarcocystis fayeriのシスト

 

図5. 馬肉から摘出されたSarcocystis fayeriのシスト

図5. 馬肉から摘出されたSarcocystis fayeriのシスト

 

図6. Sarcocystis fayeriブラディゾイト(ギムザ染色標本)

図6. Sarcocystis fayeriブラディゾイト(ギムザ染色標本)

 

微生物部病原細菌研究科

 

 

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