東京都健康安全研究センター
腸内細菌科細菌を中心とした多剤耐性菌の薬剤耐性検査方法について

1.多剤耐性菌と抗菌薬

 フレミングが世界最初の抗生物質であるペニシリンを発見してから100年近く経過した今日までの間に、数多くの抗菌薬が開発されてきた。その一方で、それらに対する耐性菌がその都度出現し、細菌感染症の治療において極めて重大な問題となっている。特に、抗菌薬による治療が実施される医療現場では、院内感染対策など耐性菌に関する多くの課題に直面している。

 腸内細菌科細菌(肺炎桿菌、大腸菌、サルモネラ等)には、基質拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)を産生し、セフタジジム(CAZ)やセフォタキシム(CTX)といった第二世代以降のセファロスポリン系抗菌薬を分解する菌が2000年代から増え始めていたが、近年ではグラム陰性桿菌に対して最終世代とされるカルバペネム系抗菌薬(イミペネム:IMP)、メロペネム:MEPMなど)に対する耐性菌も出現し、その報告例は年々増え続けている。

 2014年9月の感染症法改正1)にともない、5類全数把握疾患として新たに「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症」「薬剤耐性アシネトバクター感染症」が指定された。すでに定点把握疾患として指定されている「バンコマイシン耐性腸球菌感染症」「薬剤耐性緑膿菌感染症」などと同様に、分離された菌の抗菌薬存在下における発育の可否(最少発育阻止濃度【MIC値】もしくは感受性ディスクの阻止円の大きさ)が届出基準として採用されている。一方で、菌に薬剤耐性を与える分子機構は複雑であり、セファロスポリン系やカルバペネム系抗菌薬を分解するβ-ラクタマーゼの産生能を遺伝子により獲得する場合だけでなく、細胞壁の抗菌薬に対する通過性の低下や、菌体内から抗菌薬を排出するポンプ能力の増強などがある。このうち、β-ラクタマーゼ遺伝子はプラスミドやファージなどを介して菌から菌へと伝播する可能性をはらんでいるため、国内外で耐性菌の遺伝子保有状況の調査が行われている。

 

2.複数のβ-ラクタマーゼ遺伝子の同時保有による薬剤耐性化機構の複雑化

 現在、IMP型、VIM型、KPC型、NDM型といったカルバペネマーゼ遺伝子が広まりつつあるが、以前よりTEM型、SHV型、CTX-M型などセファロスポリンを分解するクラスAβ-ラクタマーゼ遺伝子の存在が知られ、腸内細菌科細菌における保有状況が調べられている。これらクラスAβ-ラクタマーゼは、クラブラン酸などのβ-ラクタマーゼ阻害剤によって分解能が阻害されることから、同遺伝子を保有する耐性菌で本来耐性をもつはずのCAZやCTXであっても、クラブラン酸存在下では発育が妨げられる。このため、抗菌薬およびクラブラン酸のディスクを同時に用いることで、クラスAβ-ラクタマーゼの存在を確認することができる。

 しかし、クラスAβ-ラクタマーゼだけでなく、カルバペネマーゼ遺伝子を同時に保有する菌に対しては、このような検出法が困難になっている。というのも、カルバペネマーゼは基本的にカルバペネム系抗菌薬のみならず、セファロスポリン系をも分解するものが多く、クラスAβ-ラクタマーゼ産生菌であっても、同時に保有するカルバペネマーゼの働きによってクラブラン酸による発育阻害が見られない場合があるためである。

 図に3種類のクラスAβ-ラクタマーゼ産生菌に対するディスク法の例を示した。PCR法によって、TEM、SHV、CTX-M-1groupの保有が確認された肺炎桿菌(図-A)では、CAZおよびCTXの中央に置かれた二枚のクラブラン酸ディスクによって阻止円が広がっており、クラスAβ-ラクタマーゼの産生が認められる。その一方で、SHV、CTX-M-2groupに加えて、カルバペネマーゼであるIMP-1型遺伝子を保有する肺炎桿菌(図-B)の場合は、多少の阻止円拡大が見られるものの、図-Aに比べて効果が小さい。TEM、SHV、CTX-M-1groupに加えてKPC型遺伝子を保有する株(図-C)に至っては、クラブラン酸の効果は全く見られない。IMP-1のようなメタロβ-ラクタマーゼに属するカルバペネマーゼであればメルカプト酢酸やEDTAが阻害効果を示し、KPC型に対してはボロン酸による阻害効果からそれらの存在を確認することができるが、いずれにせよ、同時に保有している他の機構による耐性の機序を、単一の阻害剤の影響のみで判断することは困難である。複数のβ-ラクタマーゼを同時保有する菌が頻出されている現状では、耐性が確認された後、PCR法等によって遺伝子の保有を確認することが望ましい。

 

3.PCRで検出されなかった場合の薬剤耐性機構の解析方法

 複数のβ-ラクタマーゼ遺伝子を保有していた場合には、阻害剤試験だけでは有効性が限定的であるが、PCR法での遺伝子検出もまた限定的である。PCR法は既に報告されているβ-ラクタマーゼ遺伝子を対象に行うものであることから、検出できる遺伝子の種類は限られている。このため、PCRでβ-ラクタマーゼ遺伝子が不検出となった場合には、あらためて阻害剤試験の結果から薬剤耐性機構を推測する必要がある。カルバペネム耐性菌の場合、メタロβ-ラクタマーゼであればメルカプト酢酸などが作用するが、メタロβ-ラクタマーゼではない場合にはクラスDに属するOXA型カルバペネマーゼ、もしくはクラスAに属するカルバペネマーゼ2)が候補として考えられる。クラスAカルバペネマーゼについては、KPC型の国内における検出例が増えているが、他にもSME型、IMI型、NMC-A型に加え、2014年に大阪府において多剤耐性緑膿菌から検出されたGES型3)なども含まれている。こうしたKPC以外のクラスAカルバペネマーゼも、海外において腸内細菌科細菌からの検出が報告されていることから、注意を向けていく必要がある。

 また、本来はカルバペネム系抗菌薬に対する耐性は低いものの、クラスCβ-ラクタマーゼに分類されるAmpC型酵素の過剰産生によってもカルバペネム耐性となる場合がある。また、前述した細胞壁通過性の低下や、排出ポンプの増強などによっても耐性菌となることがあるため、PCR法と阻害剤試験の結果の両面から判断していくことが重要である。

 多剤耐性菌の薬剤耐性化機構がますます複雑化している今日においては、検査方法の継続的な改良と開発、および分子疫学的調査が重要と考えられる。当センターにおいても、他部署や他機関等との連携のもと、検査体制を強化していく必要がある。

 

参考文献

1) 厚生労働省結核感染症課,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第12条第1項及び第14条第2項に基づく届出の基準等について(一部改正),平成26年9月,健感発0909第2号.

2) Walther-Rasmussen J et al., Class A carbapenemases, 2007, J. Antimicrob. Chemother.

3) 金山敦宏ら,高槻市保健所管内X病院における多剤耐性緑膿菌分離症例の集積について,平成26年9月,IASR.

 

(臨床細菌・動物由来感染症研究室 久保田 寛顕)

 

図 3種類のクラスAβ-ラクタマーゼ産生菌に対するディスク法の結果

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