東京都健康安全研究センター
感染症法の改正と病原体検査

1.感染症法の改正と感染症対策の強化

 近年、グローバル化の進展により世界の各地で発生する新たな感染症が国境を越えて広がっている。国内では、2014年に東京都内で約70年ぶりに発生したデング熱の国内感染が記憶に新しい。また、2015年にはエンテロウイルスD68(EV-D68)が流行し、急性弛緩性麻痺や小児喘息との関連性が疑われた。一方、海外では西アフリカにおいて大規模なエボラウイルス感染症の流行(2013年~2016年)、韓国では中東呼吸器症候群(MERS)の流行(2015年)が発生した。幸いにしてこれら感染症の流行は終息し、東京都内での患者発生には至らなかったが、新たに2015年末からは南米を中心にジカウイルス感染症が流行している。ジカウイルス感染症は小頭症との関連性が指摘されており、流行地域と時期がオリンピック・パラリンピック大会と重なっていることもあり、日本を含む世界各地への感染拡大が懸念されている(表1)。

 

表1. 近年発生した主なウイルス感染症

※PHEIC(PublicHealth Emergency of International Concern:国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)-大規模な疾病発生に対し、国際的な対応を特に必要とする事態において世界保健機構(WHO)事務局長が発する緊急事態宣言

 

 新興・再興感染症に関する健康危機対応においては、発生後の感染拡大防止のための的確な対策を推進していく必要があり、既に感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の一部を改正する法律が公布されている(平成26年11月21日)。

 これらの改正のうち、病原体の検査に関係する点として①新たな感染症の二類感染症への追加(鳥インフルエンザ及びMERS)、②感染症に関する情報の収集体制の強化、③その他として三種病原体等の管理規制(所持の届出等)範囲を限定する(結核菌)、が挙げられる。①及び③については、それぞれ平成27年1月21日と同年5月21日付で既に施行されている。②については、本年4月1日から新たに施行された。次節で本年4月から施行された「感染症に関する情報の収集体制の強化」について概説する。

 

2.感染症に関する情報の収集体制の強化

 近年、病原体の検査技術は飛躍的に進歩し、感染症対策においても検査で得られた遺伝子配列や薬剤耐性等の解析情報が重要なエビデンスとして活用されている。その一方で、病原体検査に伴う検体等の提出については感染症法に明確な定めがなく、医療機関等からの協力も努力義務にとどまっていた。

 平成28年4月1日から施行された改正法の中では、「知事(緊急時は厚生労働大臣)は、全ての感染症の患者等に対し検体の採取等に応じること、また、医療機関等に対し保有する検体を提出すること等を要請できる」旨が規定された。この改正により、検査に必要な検体等の確保が保障され、感染症に関する検査、情報収集体制が強化された。合わせて、インフルエンザの検体提出についても国内で流行している季節性インフルエンザの型や薬剤耐性株の発生状況を把握し、疫学調査の充実を図ることが規定され、「都道府県等がインフルエンザの検体等提出を担当する医療機関(指定提出医療機関)を指定し、指定提出医療機関は流行期には毎週検体を提出する」など、検体の採取の時期や頻度について記されている。

 

3.病原体検査に求められる信頼性の確保

 今回の改正では入手した検体の検査精度等についても整備され、食品検査(GLP)や医薬品検査(PIC/S)と同じように検査の信頼性確保(精度管理)が求められている。

 具体的には、日常的な感染症関連検査の中で、①検査施設において検査の精度管理を定期的に実施すること、②国又は都道府県その他の適当と認められる者が行う精度管理に関する調査を定期的に受けること、また、検査を行う組織体制として③検査を実施する部門(検査部門)に専任の管理者(検査部門管理者や検査区分責任者)を置くこと、④精度の確保を行う部門(信頼性確保部門管理者)を置くこと、さらに検査を行うために必要な⑤標準作業書(SOP)の整備、⑥検査機器の定期点検等についても規定され、各種検査記録の保管・管理やバイオセーフティーに関する人材育成等について明示されている。

 当センターでは法改正に合わせ、新たに病原体等の検査に関する業務管理要綱と管理規程を策定した。この中では、検査体制や役割分担などの組織体系の明確化に加え、病原体検査やそれに付随する試薬・機械器具類の管理、検査結果や検体の管理・保存方法等についてSOPの作成・準拠を規定している。

 

4.感染症発生動向調査と病原体検査

 感染症発生動向調査(サーベイランス)事業は、患者情報の収集(患者発生状況サーベイランス)と病原体情報の収集(病原体サーベイランス)の2つで構成されている。

 患者発生状況サーベイランスでは、一類~四類と一部の五類感染症(アメーバ赤痢、麻しん・風しん、梅毒等)は全数報告疾患として、また、他の五類感染症(インフルエンザや感染性胃腸炎、手足口病など)については定点報告疾患として患者の発生状況を把握している(https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/survey/)。東京都では、都内に小児科、内科、眼科、基幹、性感染症、疑似症単独についてそれぞれ患者定点(計562施設)を設定している。また、小児科と内科についてはインフルエンザ定点(419定点)、小児科・内科と疑似症単独(443定点)は疑似症定点としての機能も果たしている。

 病原体サーベイランスでは、患者定点の10%程度を定点(病原体定点)として選定し、把握対象となる五類感染症と診断した患者から採取した検体の検査を行っている。東京都では、患者定点医療機関のうち70施設を病原体定点とし、このうち、インフルエンザ定点は41施設(小児科定点26、内科定点15)、眼科定点4、基幹定点は21施設(うち、4施設は小児科定点、1施設は眼科定点を兼ねる)に設定し、さらに都独自に性感染症定点として4カ所設定している(表2)。また、患者発生状況サーベイランスで届け出られた疾患についてより詳細な発生動向を把握するために、病原体の検出、流行株の遺伝子型や薬剤耐性等についての調査・解析を行っている。東京都では、これらの結果について感染症週報や微生物検査情報(月報)、感染症動向調査事業報告(年報)として公表するとともに、センターの研究年報等にも報告している。また、インフルエンザ様疾患に加えて性感染症、不明発疹症等、臨床診断だけでは起因病原体の判断がつかない疾患、報告対象以外の疾患にも対応し、不測の感染症が都内で発生している状況を探知する役目も果たしている。これにより、昨年秋に発生したEV-D68の国内流行をいち早く察知することができた1, 2)

 

表2. 都内の病原体定点数(平成28年4月1日現在)

 

5.終わりに

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック大会に向け、様々な危機管理に対応できる体制が求められている。感染症の危機管理体制づくりにおいては、より積極的な病原体検査を通じ、都内で発生している感染症の病原体情報の収集と発信をさらに強化していく必要がある。

 

1) IASR, 36:193-195, 2015

http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/2335-disease-based/a/ev-d68/idsc/iasr-news/5966-pr4281.html

2) IASR, 37:31-33, 2016

http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/a/ev-d68/2339-idsc/iasr-in/6262-kj4321.html

 

(微生物部 千葉隆司)

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