東京都健康安全研究センター
都内における麻しん患者発生状況について(2016年4月~12月)

 麻しんはパラミクソウイルス科に属する麻しんウイルスを原因とする熱性発しん性疾患で、10日~14日の潜伏期間のあと、発熱、咳嗽、結膜炎等のカタル症状を呈する。一時解熱した後に再度発熱し、麻しん特有の発しんや口腔内粘膜にコプリック斑が出現する。麻しんウイルスの感染力は極めて強く、感受性を有する人が飛沫感染等で曝露を受けると約90%以上が感染するといわれている。一方、免疫は持っているが不十分な人が麻疹ウイルスに感染した場合、軽症で非典型的な麻疹を発症することがある。このような場合を「修飾麻疹」と呼び、潜伏期の延長、高熱は出ず、発熱期間は短く、コプリック斑は出現しない。このような症状の差異に関わらず、麻しんの診断にはPCR法を用いた遺伝子検査が有効である。

 

 わが国における麻しんワクチンには生ワクチンが使用され、定期予防接種は2006年度から1歳代(第1期)と小学校入学前1年間(第2期)に接種する2回接種制度が始まり、2008年度から2012年度の5年間に限定して、中学1年生と高校3年生相当の年齢の人に2回目の接種が導入された(第3期・第4期)。

 

 日本土着型とされていた麻しんウイルスD5型は2010年の千葉県における報告が国内最後となり、予防接種率の向上、適切なサーベイランス体制の構築等による検査率の向上が評価され、2015年3月には世界保健機関西太平洋地域事務局により麻しんの排除状態にあることが認定された。今後も排除状態を維持していくためには、国内で報告される麻しんウイルスの遺伝子型を決定し、監視していく必要がある。

 

 2016年7月末、千葉県内において麻しんウイルスD8型集団感染が発生し、疫学的関連のある13例の感染事例が確認された。また8月には関西国際空港勤務者を含むH1型集団感染が発生し、33例の感染事例が報告された。この集団感染は麻しん排除が認定された後では最大の感染規模となった。

 

 国立感染症研究所発表の国内の麻しん患者報告数(麻しんと診断され、医師による届出が行われた報告数)を見ると、2016年4月~7月までは月あたり10件に満たない程度だったが、この2例の集団感染の影響で8月の報告数は60件となり急増している(図1)。同時期に厚生労働省から麻しんの広域的発生に関する通知が出たこともあり、当センターへの麻しん疑い例の検体搬入数は、9月に最多となる66件であった(図2)。千葉県における集団感染は9月24日に、関西空港における集団感染は9月29日にそれぞれ終息宣言が出され、10月の18件を最後に当センターへの関連検体の搬入はない。

 

 2016年4月~12月までの間、当センターには計141件の麻しん疑い例の検体が搬入され、18件が陽性となった(ワクチンタイプ1件を除く)。検出された麻しんウイルスの遺伝子型は、D8型が16件、H1型が2件であった。麻しんウイルス陽性となった患者18人の年齢別割合は、21~30歳が最も多かった(図3)。

 

 陽性例18人はその疫学的背景から次の3つのグループに分類することができた。

 ①発症前に海外渡航歴があるもの、あるいは外国人旅行客、②関西空港集団感染に関連する患者との接触歴が推定されたもの、③前述2つにあてはまらないもの、である。

 ①に分類された事例は最多の13人で、患者の渡航先はインドネシアが最も多く7人(うち4人が旅行中のインドネシア人)、香港・マカオが2人、タイが2人、スイス・ドイツが1人、シンガポールが1人であった。わが国においてインドネシアに関連する麻しん患者の報告は多く、2016年の国内麻しん報告患者131人のうち海外渡航歴があるのは34人で、そのうち16人(インドネシア人4人含む)の渡航先がインドネシアであった1)。インドネシアでは2回の麻しん予防接種制度が導入されているが、接種率は80%前後と報告されており、麻しんウイルスの感染力や未接種者を考慮すると年間数十万件程度の麻しんの流行が継続している可能性が指摘されている2)

 ②に分類された事例は3人で、麻しんウイルスH1型が検出された2人は関西空港集団感染の患者と大規模ライブイベントでの接触歴が認められた。またD8型が検出された1人は別の関西空港関連患者に接触したことが確認され、前述の2人とは異なる感染経路が考えられた。③に該当した2人には海外渡航歴や麻しん患者との接触歴はなかった。
麻しんウイルス陽性患者18人(ワクチンタイプ1件を除く)の予防接種歴は、接種歴不明が半数以上を占め、次いで1回接種、接種無しとなり、2回接種済みの患者はいなかった。

 

 19人から検出された麻しんウイルスについてN遺伝子領域450bpを用い、分子系統樹解析を行った結果(図4)、D8型が検出された16件については8件が千葉県集団感染事例の塩基配列と解析領域では100%一致した。この8件のうち、発症前に海外渡航歴があるものは6件(うち外国人が1件)であり、渡航歴のある患者と接触した国内感染が1件、どちらにも該当しない1件があった。いずれの患者も千葉県集団感染事例と疫学的な関連を見つけることはできなかった。

 

 H1型の2件は、関西空港集団感染事例の塩基配列と解析領域では100%一致し、この集団感染の第1例患者と明らかな接触歴が認められている。

 

 国土交通省の発表によれば、2015年に出国した日本人は1621万人であり、海外への渡航は今や特別なことではない。また、2020年に東京オリンピックを控え、多くの外国人旅行客の入国も予想される。麻しん排除状態を維持していくためにも、都内における麻しんウイルスの動向を注視していく必要がある。

 

1) IASR, 麻疹ウイルス分離・検出速報, 遺伝子型別内訳一覧
2) IASR Vol.37 p. 67-68: 2016

 

(ウイルス研究科 鈴木 愛)

 

 

図1. 国内麻しん患者報告数比較(2016年度)

※国立感染症研究所発表のデータから作成

 

図2. 都内における麻しん疑い患者検体搬入数(2016年)

 

 

n=18

※( )内は人数,ワクチンタイプを除く

図3. 都内における麻しん検査陽性患者年齢別割合

(2016年4-12月)

 

 

図4. 都内で検出された麻しんウイルスのNJ法による分子系統樹解析(2016年度) 

 

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