東京都健康安全研究センター
カンピロバクター食中毒の現状と今後の課題

1.カンピロバクター食中毒の発生状況と原因食品

 昭和57年にCampylobacter jejuniC. coliが食中毒の病因物質に追加されて以降、東京都内でのカンピロバクター食中毒発生件数は、平成10年までは年間10件未満だった。しかし、平成11年からは毎年10件以上発生するようになり、平成15年以降、年間20~50件程度となり、細菌性食中毒で16年連続1位を維持している1)。また、まれに本菌感染後1~3週間を経てギラン・バレー症候群を発症する事例も報告されており、食中毒症状の回復後も注意が必要である。

   本食中毒の原因食品は、平成10年頃までは旅行中の食事、学校給食、調理実習等、原材料の食肉(主に鶏肉)から他の食材への二次汚染を疑う事例がほとんどであった。しかし、平成11年以降、現在に至るまで、鶏刺し、鶏タタキ、牛レバ刺し等の食肉の生食や、加熱不十分な調理方法の焼鳥等による事例が顕著に増加している。加えて、鶏肉の生食を嗜好する消費者がある程度存在する状況の中、都内飲食店ではそれらの消費者ニーズに対応するため、様々な鶏肉の生食・加熱不十分な(生食等)メニューが提供されている実態もある。

   近年の都内保健所が対応した食中毒調査1) において、実際に患者らが喫食した鶏肉の生食等メニューとして、鶏刺し、鶏タタキ、鶏わさ、鶏レバ刺し、焼鳥(生焼け)、生親子丼、生つくね、レアから揚げ、鶏肉のにぎり寿司、鶏刺しラーメン、低温調理の鶏レバー等があげられている。このうち、特に提供機会が多いと考えられたメニューは鶏刺し、鶏タタキ、鶏わさ、鶏レバ刺し、焼鳥(生焼け)であった。国による牛肉や豚肉の生食に対するリスク管理措置の強化以降も、鶏肉に関する規制等が無い現状において、鶏肉の生食等メニューは都内で提供されつづけており、鶏肉の生食等への対応が長年の食品衛生分野の行政課題として積み残されている。

 

2.食肉の生食等に関する国および東京都の対応

 近年、国(厚生労働省)は腸管出血性大腸菌やE型肝炎ウイルス等に対する食品衛生法上のリスク管理を強化してきた。これに伴い、平成23年に生食用食肉(牛肉)の規格基準設定2)、同24年に牛レバーの生食提供の禁止3)、そして同27年に豚肉(内臓含む)の生食提供の禁止4)が講じられてきた。一方、カンピロバクター食中毒の対策として最も重要な鶏肉については、南九州地方の自治体が独自に定めた衛生基準により生食用鶏肉を生産している事例もあるが、国による全国レベルでの鶏肉の規制等はなされておらず、加熱用表示の徹底などを指導する通知が発出されているのみである5,6)。そのため、東京都では、都内の消費者および飲食店関係者に対して、鶏肉の加熱用表示の徹底や生食を控えるよう衛生指導を行っているが、本食中毒の発生を減少させるには至っていない。

   平成23年度に東京都民1,000名を対象に実施した「食肉の生食等に関する実態調査」7)によると、馬刺し、牛肉ユッケ、鶏刺し等の食肉の生食経験者286名に対して、食肉の生食は食中毒になるリスクがあることを説明した上で、今後の生食行動を質問したところ、「おいしい」等の理由によって「生食行動を今後も継続したい」が、回答者の60%以上であったことが明らかとなった。

  また、平成29年度に都内保健所において管内2大学の学生計118名に対し、鶏肉の生食に関する実態調査等を行った8)ところ、大学生の3割超が鶏肉の生食経験があることがわかった。さらに、その多くが親の影響により小学生から高校生のうちに鶏肉の生食を始めていたことが明らかとなった。実際に都内で発生するカンピロバクター食中毒においても、大学生など若年層が患者になる事例が少なくない。牛肉に比べて鶏肉の生食メニューは比較的安価に提供されていることも若年層の患者が多い一因かもしれない。

 

3.カンピロバクター食中毒対策の課題と新たな方向性

 現在では、「カンピロバクター食中毒対策=鶏肉の生食対策」と言っても過言ではない。都内保健所では、食肉の生食リスクを知らせるチラシの作成や、食品衛生講習会やインターネット等を通じて消費者および飲食店関係者等へ食肉の生食による食中毒予防について、粘り強く周知している。しかし、生食等を嗜好する消費者のニーズは根強く、飲食店でもリスクを承知の上で提供していると思われる事例もある。

 牛レバーについては、提供禁止のルールを破り、牛レバ刺しを客に提供した飲食店関係者が逮捕される事例が他自治体で散見されている。今後、鶏肉の生食についても牛レバーや豚肉のように規制されれば、鶏肉による本食中毒発生防止に一定の効果は期待できるかもしれない。しかし、食肉の生食に対する消費者の多様な価値観に対して、行政が一律に提供禁止するだけでは、食中毒予防策としては不十分な現状も伺える。

 一方で、鶏肉に関しては、食鳥処理場においてカンピロバクター陽性鶏群と陰性鶏群を区分処理する方法9,10)や、南九州地方の生食用食鳥肉の加工処理方法11,12)など、カンピロバクター汚染除去に有効な対策になりうる新たな技術開発も進んでいる。そのため、安全に生食できる鶏肉を生産、流通させるという既存の対策とは全く別なアプローチによるカンピロバクター食中毒の発生減少についても期待したい。生食または加熱不十分で喫食しても安全な鶏肉の生産技術が開発されるまでは、鶏肉の生食等による食中毒リスクを粘り強く普及啓発していくことが必要である。

 

<参考文献>

1) 東京都福祉保健局:食品安全アーカイブズ「食中毒発生状況」, http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/foods_archives/foodborne/status/index.html

2) 厚生労働省医薬食品局食品安全部長:食安発0912第7号,食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件について,平成23年9月12日.

3) 厚生労働省医薬食品局食品安全部長:食安発0625第1号,食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件について,平成24年6月25日.

4) 厚生労働省医薬食品局食品安全部長:食安発0602第1号,食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件について,平成27年6月2日.

5) 厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生・食品安全部監視安全課長及び消費者庁食品表示規格課長:生食監発00331第3号及び消食表第193号,カンピロバクター食中毒対策の推進について,平成29年3月31日.

6) 厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課長:薬生食監発0329第5号,カンピロバクター食中毒事案に対する告発について,平成30年3月29日.

7) 東京都食品安全情報評価委員会:平成23年度「食肉の生食等に関する実態調査委託」報告書概要, http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/hyouka/files/24/hyouka1/shiryo2.pdf

8) 東京都南多摩保健所:東京都南多摩保健所事業概要,72, 2017.

9) 藤田雅弘ら:食鳥処理場におけるカンピロバクター交差汚染状況,日食微誌,33(4),182-186, 2016.

10) 増田加奈子ら:広島県内の食鳥処理場におけるカンピロバクター交差汚染防止の検討,日獣会誌 70, 120-124, 2017.

11) 鹿児島県:生食用食鳥肉の衛生基準, http://www.pref.kagoshima.jp/ae09/kenko-fukushi/yakuji-eisei/syokuhin/joho/ documents/66345_20180614110024-1.pdf 

12) 宮崎県:生食用食鳥肉の衛生対策, https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000040840.pdf 東京都微生物検査情報,37,総集編,22-26, 2016

(食品微生物研究科 赤瀬 悟)

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